2012年12月18日火曜日

House cleaning

金曜日~月曜日まで実家に帰っていました。
目的は、「免許の取得」。
10月の末に自動車学校を卒業したっきり結局とりにいかずじまいで、昨日やっとこさとって帰ってきました!!!
本当は休みの間にとりたかったのだけれども、下調べ不足で月曜日に食い込んだ…

そんなこんなで無事に免許はとって帰ってくることができましたが、実家に帰省中、「幸せ収納」の杉田明子さんにお会いしてきました。(HP)
お片付けって、どこで習うものなの?お片付けを人に習うって…なんて考えてる人が沢山いるけれど、実際に考えてみるとお片付けについて私たち、あんまりよく知らない…。
私自身、お片付けって苦手で、ほおっておくとすぐにおうちがごちゃぁあぁあ…。
でもそれって、本当の正しいお片付けの仕方を知らないだけなんだって!

杉田さんのセミナーに少しだけ参加してきたのですが、すごい!!
お片付けって本当はこうすればいいんだ…っ!なんて発見だらけ!
いろんな人に教えたい!!!

って杉田さんにお話したら、四人以上の参加があれば、行きますよ!って!

今は学生さんにも知ってもらいたい!と言ってくれてとっても私のりのりです!本当のお片付けしてみたい人いないかなぁって!!!

他にもたくさんお話を聞きました。経営者として…とか、お片付けについて…とか。
いろんなことをお勉強することができて、素敵な休日をすごせました!

2012年12月12日水曜日

More TED

TEDの動画を見てるほかのチームメイトからこんなのはどう?と言っていただいたのでそれについて今回は紹介してみようと思う。



まずはキャンディ・チャン 「死ぬ前にしたいこと」。

「私たちは色々な人やものに囲まれて生きている。
しかし、同じ場所にずっと住んでいてもそこにいるすべての人に出会えるわけではない。」
と彼女は言う。

キャンディ・チャンは母親のように大事にしていた女性を亡くした。
それから「死」や「残された時間」について考え始めた。
その中でお互いの知識や考えを共有することを思いつき、街にある空家の壁に 「Before I die I want to ― 」 というボードをつくった。
そこに街の人たちに死ぬ前にしたいことは何か書いてもらおうと考えたのだ。
結果として翌日にはボードいっぱいに文字が書かれていた。

この壁は今世界中に広がっているという。

これを見て私も自分の死ぬ前にしたいこと…について考えてみた。
両親に会いたい、好きな人に会いたい、美味しいものを食べたい、まだまだやりたいことが沢山あるなぁ…と感じた。
じゃぁそのために、残ってる時間(とは言ってもよっぽどのことがなければまだ数十年あるけれど(笑 )でそれをするために何ができるだろうか?と考えたら、いろいろな人と繋がることだと感じた。まだまだやってみたい沢山のことをその出会いの中でしたい。そして、そのなかでまたやりたいことが沢山出てきたら素敵だなと思った。
また、この話についてをディスカッションした時、「日本人はなかなかこういうことしないよね」という話になった。
確かに自分の意見や思ってることを表に出さない人種だと私も考えている。しかし、同時に日本人は他の国の人よりも繊細に様々なことを考えてる人が多いとも考えている。
なので、まずは私から、知識や意見、考えや想い、体験を共有するための発信ができればいいと思った。そうして、いろんな人の考えをもっと知りたいと思った。


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次にベッキー・マンソン: 写真修復を通じて人々の人生に触れる

ベッキー・マンソンは写真加工技師だ。様々なモデルたちの写真を加工する芸術家。
彼女は2011年3月11日の東日本大震災を家で目撃し、そしてボランティアとして日本へ足を運んだ。
復興のための手伝いをするなかで彼女は、被災者の喪失感の大部分を占めているのは写真だということに気が付いた。
そこで、彼女は写真を手でクリーニングする作業を始めた。
作業の中で彼女はさらに「私は写真の加工技師として破れた個所を直し、傷を消すことができ、その手伝いをすることができる人をたくさん知っている」と思いつき、フェイスブックを使ってボランティアを募った。翌朝「圧倒的に前向きな回答」が届き写真修復をはじめた。

ぼろぼろの写真をスキャンし、クラウド・サーバーにアップロードする。そして世界のどこかの誰かがその写真を加工し修復する。

手作業で直したり地元の人に手伝ってもらったりしてその写真を直していった。

この話は私たちにとってはとても身近な話で、見ることができて良かったと思った。
写真の中の思い出や写真を撮った人、撮られた人の思い出が蘇るなんてとても感動的だ。
私も写真を撮るのが好きだ。
旅行先であった人や、街並みを撮る。ほかの人に見せると何の写真かわからなかったりするけれど、私にとっては写真がぶれてしまったのも見にくい写真も、友達とはしゃいでぶれてしまったり、カメラがうまく使えなくて見にくくなってしまったり、私の思い出が詰まっているのだ。
その一枚一枚に思い入れがあるので、なくなってしまったら悲しいだろう。

写真が私たちにとって実は大切なものであること、写真の中に私たちの思いがつまっていることを改めてかんがえることもできた。 

また、こんな活動が行われていることも知らなかったので、知れてうれしかった。